Kosai's Blog

アクセスカウンタ

zoom RSS 音楽で描かれた「曼荼羅」

<<   作成日時 : 2017/03/13 11:13   >>

トラックバック 0 / コメント 0

画像
 昨年末に『玉置浩二、音楽への飽くなき情熱』(テレビ東京系列)という番組が放映され、玉置氏のビルボード・クラシックス公演の詳細や音楽活動への取り組みなどが紹介された。実際に玉置氏のコンサート会場へ足を運べば、その圧倒的な歌唱力と本格的なオケとの究極的な調和に、今までになかった、新しいステージの形態を体感できる。玉置氏の公演はその調和が最も成功している例と言っても過言ではなく、ビルボード・クラシックスの中でもとりわけ好評を博している公演の一つである。番組中には横尾忠則氏も出演し、両氏の対談シーンや、創作に対する考え方の共通点なども語られ、普段なかなか知ることのできないアーティスト像を視聴者に垣間見せる内容であった。
 
 ところで、ビルボード・クラシックスでの玉置浩二公演ポスターは横尾氏によってデザインされた。横尾氏は独特の世界観で描かれた作品を今も世に送り出し続けているが、本公演でのポスターは密教曼荼羅に見られる幾何学的なデザインで大胆に表現されている。そもそも曼荼羅とは仏教における世界観、すなわち、我々が生きる世界を取り巻く「宇宙」や「輪廻」を図案により視覚化することによって「悟りの境地」を示している。
 
 横尾氏の場合も、現代的解釈により表現された曼荼羅を自由なモチーフを用いることによって、話題性のある作品送り出してきた。今まで発表された作品然り、玉置氏の公演ポスターも、意表を突かれるようなデザイン構成である。初見時は違和感を覚えたのではあるが、むしろこのデザインは現代の先行きが見えない不安定な時勢と音楽との関係性を、絶妙に表現しているのではなかろうか。中央に位置する玉置氏の横顔からは、この不安定な世界に、軽々と国境を越え、政治には決して成し得ない力を持つ、平和を実現するにはこの上ない「音楽」で現実と対峙する決意のようなものを感じさせた。横尾氏は玉置氏のビデオ映像からインスピレーションを得てこのポスターを製作したという。
 
 曼荼羅の世界観は、何らかの道を究め「悟りの境地」に到達した時、それは終わりではなく、流転しながら永遠に続くことを図像によって現している。横尾氏は、玉置氏にアーティストとしての「境地」を見たのかもしれない。玉置氏が表現する音楽作品は、永遠の生命を持つマスターピースとなり、時代や世代などの時間や地理的な制約を超えて人々の心に平穏をもたらしていることを、既に表現しているのではなかろうかと。実際に、それらの音楽作品はデビューから35年を迎えた今日でも、日本のみならず、アジアにおいても幅広い層に厚く支持されている。
 
 番組中で紹介された、この「曼荼羅」的デザインのポスターを見ていると、玉置氏のアルバム『GOLD』の一曲目に収録されている、『それ以外に何がある』が思い浮かんだ。その歌詞については、あくまでも僕の主観的な解釈ではあるが、我々が生まれるはるか昔、例えば宇宙創世の頃から、存在したもの、誰も形を確かめたことのないものであるが、この世の中に確実に存在する、そして、この世のものがすべてなくなったとしても、最後に残り、流転しながら未来永劫も存在し続けるもの、すなわち、曼荼羅に描かれているような世界を音楽で表現しているように感じた。番組中、玉置氏が横尾忠則美術館にて絵を鑑賞している時、音楽を作る際に「まず絵が見える」と言ったことが印象的であった。生きている限り、誰しもが経験し、訪れなければならない「境地」がある。

 『GOLD』は音楽で表現された曼荼羅のようなアルバムであると思う。

伊藤久敬 

GOLD
SMD itaku (music)
2014-03-19
玉置浩二
amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by GOLD の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル


ビルボード・クラッシクス
画像

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

音楽で描かれた「曼荼羅」 Kosai's Blog/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる